鉄の鞄の中には
いろんな色をした塊が錆びついて入ってました。
男は鉄のグローブをつけたまま一つ一つ手探りで鞄の中から取り出しました。
鉄のグローブが塊に触ると
塊についている錆びが広がっていきました。
その光景をみていた女が尋ねした。
「どうして、グローブを外さないの?」
男は一瞬動きをとめて、考えてから、右手のグローブだけ外しました。
すると、錆びの塊だったモノ達が素手に触れる度、元の姿に戻っていきました。
車の模型。船の模型。電車の模型。おもちゃのロボット。野球のボール。地球儀。アルバム。日記。鉛筆。茶碗。コップ。靴。器。
その中に一つだけガラスで出来た小さな器がありました。
「あった。」
男はつぶやきました。
小さなガラスの器を取り出して
蓋を開けると、綺麗な「空」が入ってました。
男は左手のグローブも外して
片手に器を持ち
片手の人差し指と中指で、器の中の「空」に指をいれた後
女の傷跡に触れました。
女は一瞬、体をピクッと震わせました。
「痛いのか?」
と男が尋ねました。
「いいえ、痛くないわ」
と女が応えました。
しかし、男の指先が女の肌に触れる度、女は体を小刻みに震わせます。
「我慢してるのか?痛いんじゃないのか?」
男は再び尋ねました。
「いいえ、痛いのを我慢してるわけじゃないの。あなたの指先が、あたしの肌に触れるのに慣れていないだけなの。」
女は恥ずかしそうに囁きました。
男は何も言わず黙ったまま、指先で女の傷をなぞり続けました。
首筋から、うなじ、鎖骨
背中の肩甲骨にそって腰
肩のつけね、腕から指先
足の指の間から、ふくらはぎにそって太ももの内がわ
全身の赤い糸の上を指先でなぞり続けました。
女の小刻みな震えがとまった頃、時折小さな声がもれてました。
それは、声というよりも音に近く
指の動きに合わせるかのように深い静かなため息でした。
男は楽器を奏でるように
女は音を紡ぐように
器の中の「空」が、「月」に変わった頃
女の音は寝息に変わっていました。
それでも男は指先をとめず、女の体をなぞり続けました。
薄暗い月明かりの中、指先で女の体をなぞりながら
まるで女の絵を描いてるように、男は薬を塗り続けていました。
■ 鎧男と傷女-1-■鎧男と傷女-3-