男が傷薬を塗り続けて幾日が過ぎた頃、女の傷が癒えました。
巻きついていた糸のような筋は跡形もありません。
ただ一つだけ
胸の中央に赤い玉のようなものがありました。
全身の傷が消えると、その赤い玉だけがジワジワとひろがっていくのです。
男がその赤い玉を指差して女に尋ねました。
「これは、なんだ?」
「それは、貴方が付けた傷痕です」
と女が応えました。
男は驚いて、手に持っていたガラスの器を落としてしまいました。
器の中にあった青空がこぼれて、地面の水溜まりに変わってしまいました。
「俺は傷薬を付けていただけだぞ?お前の云う通りにしただけだ。」
と男はいいました。
「はい、貴方は傷薬を塗ってくれていただけです。」
と女がいいました。
「それだけじゃ、駄目なのか?」
と男は女を見つめました。
「はい、それだけじゃ駄目なんです。」
と女は瞼をとじました。
男は女に尋ねました。
「どうすればいいんだ?」
「・・・・・・・」
女は男に応えませんでした。
赤い玉は中心から、どんどんひろがって
女の全身にまでひろがっていきました。
男はあわてて、両手の平で赤い玉の中心を抑えこみました。
すると、抑えこんだはずの赤い中心から黒に変わっていってしまい
横たわっていたはずの女の姿が真っ黒な水溜まりになってしまいました。
男の手には
真っ黒でベタベタとしたコールタールのようなものが
まとわりついているだけでした。
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